私がGAEAJAPANに本格的に携わったのは 旗揚げ5周年有明コロシアム大会からでした。

この大会は、長与千種とライオネス飛鳥との対立抗争からのクラッシュ復活の大舞台、大河ドラマとして1年以上かけた物語から、新たな序章の幕開けとなる大会で、団体の存続と命運を賭けた史上最大の興行となりました。

有明コロシアム大会は、GAEAJAPANにとって、後にも先にも無い最大級のビックマッチで、女子の団体が10,000人規模の単独興行を行う事は驚異的な出来事で、当時のGAEAJAPANが、如何に勢いがあったかプロレスファンに知らしめた大会でした。

この大会の演出面で苦労したのは、有明コロシアムの施設状況に尽きるのですが、この施設の構造により、リング照明や入場ゲートの設置プランにかなり時間と手間を要しました。特に入場ゲートに関して苦心した点は多く、スタンド席に入場ゲートのエントランスを見立てるとテニスコート面が低くなっている為、花道をリングの高さにするには、傾斜を緩やかにする為の長い斜路が必要でした、しかし花道とリングまでの距離が十分に取れず、急勾配なスロープになってしまっています。これはテニスコートと客席スタンド壁の高低差によるものなのです。選手の皆さんは入場ゲートからリングを見渡すと体感的に急勾配の滑り台のような見えて怖かったと思います。実際、広田さくら選手は入場の際 降りるのに苦労して滑り落ちていました。

また有明コロシアムは、全天候での利用が出来る構造となっており、天井がスライド式開閉屋根になっている事から、リングを照らす照明機材や音響スピーカー、レーザー、特殊効果等仮設機材の設置に、様々な規制と申請手続きがあり、 施設の認可を受理してもらうために、今では考えられないのですが、雛形が無い申請書を独自で作成しなければならなく、消防庁 に提出する際にも、追加申請用の添付資料をその場で言い渡され、消防署に1週間通い詰めた程でした。その他 運営、技術スタッフは大会前日の朝方まで調整作業があり、その苦労の甲斐もあってか、当日は9000人満員札止め(主催者発表)の大観衆で大会は興行的に大成功だったと記憶しています。

私が プロレス業界に関わるきっかけとなったのも、この旗揚げ5周年 有明コロシアムからで、言ってみれば 私のプロレス業界でのデビュー大会がこの日でもある訳なのです。

U2CREATE  内海毅  UTSUMI TAKESHI ユーツークリエイト

GAEAISM公式チャンネルGAEAJAPAN 10年の映像アーカイブより

GAEAISM公式チャンネルGAEAJAPAN 10年の映像アーカイブより